AIはあくまでも道具としてうまく使えるか、というところを外さないようにしないといけません。例えばエンリコ・フェルミという物理学者、戦前に核分裂の実験に成功しましたが、それを最初に実用化したのが、原子爆弾です。そのような使われ方をされると人類の大多数としては困るわけです。やはり十分に、その設計思想が問われている段階だとは思います。
ただ、人間の主観で判断するような仕事は、AIにとって代わられたら効率的になるものもあります。例えば、スポーツの審判はAIで良いと思うのです。あれほど審判の主観のために混乱させられるものはないでしょう。
それから国会議員です。この話を講演会などで言うといつも笑いが起きるのですが、ジョークではありません。国会議員に一番求められるものは何かを考えてみてください。AIの方が知能的な作業、文書をまとめたり確認したりする作業というのは優れています。そして、AIが生身の人間よりも優れている一番の点は、死を恐れないこと、エゴがないことです。
生身の人間のすることだからなかなか難しいのですが、あえて理想を申し上げます。今の日本の国会議員、衆参合わせて710数名ほどがいますが、国のために命をかけられる人は何名いるかという話です。もし日本の国会議員が、常に智慧を振り絞り、命をかけて、是々非々の話が冷静に交わされ、アメリカの言うなりにならなければ、今の国民はあっという間に所得が倍増するでしょう。そのほかにもさまざまな恩恵が国民にもたらされます。
AIが向いている職業、一番は、国会議員。それから役人。それ以外にも、真摯に命をかける仕事はAIで代替できるところを拡大していったら良いと思います。
結局、なぜ日本人がこれだけ駄目になってしまったかというと、死を不必要に恐れるようになったからなのです。守らなければならないものを捨ててまで、自分のいのち=魂を売るようになってしまった。そこに尽きるのではないでしょうか。